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更新日:2026年6月8日

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3月4日(一般質問:桂弘一議員)

発言者

桂弘一議員

発言内容

再 開 午後 1時00分
○議長(永野利則)
 休憩前に引き続き会議を開きます。
 桂議員の一般質問を許します。
○10番(桂 弘一)
 皆さん、本日最後の登壇になります。
 議席番号10番、桂弘一が壇上より一般質問をいたします。
 今般、沖永良部の古墓群ということで島内4か所のトゥール墓が国指定となりました。島民として非常に喜ばしいことだったと思います。
 そこで、今回はその文化財につながる質問を通告してあります。1点、壇上より質問をいたします。
 1、文化財の調査、修復、復元、保護、活用について。
 1.沖永良部島の古墓群として、国指定に向け、当初リストにあったチュラドゥールや内城泉川古墓群3号墓が、最終的にリスト外になったのは何故か。
 2.世之主の墓の石積みがいたる所で崩落しているが修復の計画はどうなっているか。
 3.今後、保護活用が大切になってくるが具体的な計画はあるか。
 4.沖永良部島の中世遺跡群として、次は城跡の調査と期待しているが、世之主の城跡、後蘭孫八の城跡の調査計画はあるか。
 以上4点でございます。
 壇上よりは以上でございます。
○教育委員会教育長(村山英哲)
 桂議員の1点目1.のご質問にお答えいたします。
 和泊町の世之主の墓、知名町の新城花窪ニャートゥ墓、屋者ガジマル墓、アーニマガヤトゥール墓の4件を構成要素とする沖永良部島古墓群については、国の文化審議会が令和7年12月19日に国史跡に指定するよう文部科学大臣に答申し、その後、令和8年2月17日の官報告示をもって正式に国指定史跡となりました。
 本町においては当初、世之主の墓、チュラドゥール、内城泉川古墓群3号墓の3件を指定候補として調査し、いずれも文化財として同等の価値があるとの評価を受けております。しかしながら、国指定に当たって土地所有者及び占有者の同意が必要であることから、同意が得られた世之主の墓1件について意見具申を行ったものです。
 チュラドゥール及び3号墓は筆界未定地に所在し、地権者の特定が困難であったため今回は指定を見送りました。今後、地権者の整理及び同意取得が整い次第、追加指定に向けた手続を進めてまいります。
 続きまして、2.、3.のご質問にお答えいたします。
 本町教育委員会では、令和8年度に知名町教育委員会と連携し、文化財保護法に基づく沖永良部島古墓群について保存活用計画の策定に向けた検討を行います。そして、早ければ令和9年度から有識者会議等での議論やパブリックコメント等を実施し、2か年度ほどかけて保存活用計画を策定いたします。
 保存活用計画は、文化財の価値を損なうことなく適切に保護しながら、地域振興や観光、教育などのために有効に利活用するための将来的なビジョンや具体的な行動指針を定めたマスタープランです。
 また、先日令和8年2月11日に開催した沖永良部島古墓群シンポジウムにおいても、保存と活用について事前アンケートによるたくさんの皆様からのご意見を取り上げ、専門家及び島民代表による座談会を行いました。
 これを踏まえ、石積みの崩落箇所については、当面は見学者の安全確保に努めながら、策定する保存活用計画の中で優先順位等を整理し、計画的に修復を実施してまいります。
 また、石積み修復や活用に向けた史跡整備に当たっては文化庁国庫補助事業の活用を図るなど、財源確保に努めてまいります。
 続きまして、4.のご質問にお答えいたします。
 沖永良部島古墓群が、文化庁が令和5年10月23日付で決定した史跡に指定する価値を有する埋蔵文化財の第1期リストに登載された際にも、国の文化審議会の有識者から世之主の城跡、後蘭孫八の城跡なども合わせた沖永良部島中世遺跡群として検討してはどうかとの意見がつけられました。また、後蘭孫八の城跡については、与論城跡の調査研究成果に関連し、中世期の琉球のグスクの範疇に含まれる遺跡であり、グスクの北限に当たる遺跡との評価を受けております。
 これらの指摘を踏まえ、本町教育委員会では今年度、令和8年度以降の城郭遺跡調査に向けた検討を行い、同事業について令和8年度文化庁国庫補助事業の申請を行いました。令和8年度より城郭遺跡の調査を開始いたします。有識者から中世琉球のグスクの北限に位置づけられる重要遺跡との評価を受けていること、また現在、琉球大学考古学研究室から調査協力の申出をいただいていることから、まず後蘭孫八の城跡を優先して調査を実施します。
 城郭遺跡の調査は、測量、発掘、整理、報告書作成まで長期間を要するため、令和8年度から13年度までの6か年計画で実施する予定です。その後、世之主の城跡調査へ着手する計画としております。本町の貴重な歴史文化遺産を次世代へ確実に継承できるように、計画的に取り組んでまいります。
 壇上からは以上でございます。
○10番(桂 弘一)
 今、教育長からチュラドゥール、それと泉川3号墓については追加指定に向けてという発言がありました。なかなか地権者を追っていくには大変な作業だと思いますが、非常に貴重な文化財だというふうに思っているところです。ぜひ頑張っていただきたいなと思います。
 そのチュラドゥールに関してなんですが、議会で以前、平場で話をしたときに、ほとんどの議員がチュラドゥールに関しては知らなかったという事実がございます。私、チュラドゥールに関しては、よく町長がおっしゃる鹿児島県にある琉球ということで表現されますが、まさにチュラドゥールこそそういう遺跡だというふうに思っております。
 そして、今は永良部の古墓群ということで、国指定を受けた古墓群は現在使われておりません。国語になるかどうかは分からないんですが、生きた遺跡群と、今現在も使われているトゥール墓という面では非常に貴重だというふうに思っております。
 また、石積みの技術たるや、永良部においてはもう一級品の石積みだというふうに思っているところです。ぜひ、トゥール墓、チュラドゥールがまだちょっと認知度が低いというところがあるんですが、何とかチュラドゥールの価値、そういったものの紹介の機会と、写真や文字起こしでしていただきたいんですが、そういった作業も追加指定に向けて町民に向けてもやっていただきたいなと思うんですが、教育委員会、いかがでしょうか。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 ご提案いただきましてありがとうございます。
 チュラドゥールにつきましては、ほとんどの町民または島民の方々がなかなか見る機会がないかと思っております。今、議員からお話がありましたように、今なお使われている古墓ということでございまして、非常に価値は高いかと思っております。
 先月の2月15日、内城泉川古墓群巡りという形で午前予定しておりましたが、かなりの人気がございまして、午後も併せて開催したところでございます。延べで71名の方が参加していただきました。
 また、11日のシンポジウムにつきましては約300名を超える町民または島民、また島外の方もお越しいただいております。非常に興味をいただいている古墓群だと認識しているところでございますので、今ご提案のありましたチュラドゥール、また3号墓につきましては、地権者の同意を得ながらですが、今後もそういった周知をしていければと思っております。
○10番(桂 弘一)
 せんだって友人が徳之島から来られて、ぜひ見たいということでチュラドゥールも案内したんですが、先ほども言ったように、現在使われているお墓ですよね。いわゆる沖縄では国指定になっている玉陵あるいは浦添ようどれみたいな、玉陵と同じような庭が2つあってというような造りなんですが、世之主のお墓と違って前庭に墓石が立っていますよね。そういったところで、なかなかそこに踏み入れていくのはちょっと気を遣うようなところがあったんですが、あそこは現在使われている方々の許可というか、そういったのはもう行政のほうで受けているのかどうなのか。なかなか個人で入っていくのもちゅうちょされるところだとは思うんですが、その辺のところをお伺いします。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 お答えいたします。
 先ほど申し上げました内城泉川古墓群巡りというものは当然地権者の同意は得ております。日頃から誰でも行けるというわけではありませんので、やっぱり事前に地権者のほうの同意を教育委員会のほうで得ておりますので、また、今後ご覧になりたいというご要望がありましたら、教育委員会のほうで地権者の同意を得た上でイベントを開催していきたいと思っております。なので、常日頃から勝手に入ることは遠慮していただきたいと思っております。
○10番(桂 弘一)
 一手間、一手続をしないとなかなか個人では行けないというところであれば、なおさら先ほど私が申し上げたようにチュラドゥールの価値ですね。琉球時代の古墓があって、薩摩侵攻があって薩摩からの日本式の墓石が建ってというふうに使われているという生きた遺跡だというようなことも含めて、また、その石積みの技術の一級品だというようなことも含めて、ぜひ何がしかの周知ができるような冊子とかそういったものが国に上がっていなくても、我々島民、町民が誇りとしてもいいような文化財だと思いますので、ぜひその辺のところもしていただければなというふうに思います。
 2番目です。
 世之主の墓の石積みが至るところで崩落しているが修復の計画はどうなっているかという問いですが、大方、教育長から具体的な説明があり、承知をしたところです。
 国指定となるといろんな制約やいろんな許可を得なければいけなくなるんで、なかなか時間がかかるのかなというふうに思って心配したところですが、ちゃんとした計画があるということですので、この件に関しては安心をいたしました。
 3番目の今後の保護活用が大切になってくるが具体的な計画はあるかというところも説明にありましたけれども、保護活用について少し質問を具体的にさせていただきたいと思います。
 泉川の3号墓の上に大きな木が生えていますよね。あれは、保護という観点からあのままで大丈夫なのかどうなのか、どういうふうに考えているのかお聞かせください。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 第3号墓の屋根のほうには確かに大木、また周辺にも大木があり、根が張っている状況でございます。貴重な遺跡群でありますので、その遺跡に、例えば石積みに支障を来さないような形で、木の根っこ、またそういったものが邪魔にならないようにこちらとしては配慮していかないといけないと思っております。
○10番(桂 弘一)
 世之主のお墓についてですが、地元の人から、墓の上に町道からすぐ上れるようになっていますよね。墓の上に乗っている観光客がいて注意をしたという経緯があったということで、そこにフェンスなり何がしかの注意喚起ができるものができないかなというような意見があったんですが、苦しいということですとなかなかフェンスも難しいのかなと思いますが、町道側だったら大丈夫かなと思ったりもするんですが、その辺のところは可能性としてはできるのかどうか。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 世之主の墓の道路側からすぐ上れるような状況になっております。こちらのほうは今、バーとかコーンを置いて進入禁止という形で表示はしているところでございますが、史跡の周辺部は一応国指定となっておりますので、いろんな設置をする際には国の許可が必要になってまいりますので、そこは国と連携しながら、相談しながらですが、そういう注意喚起、特に、上ったらいけませんとかそういった看板の設置等も今後はしないといけないと考えております。
○10番(桂 弘一)
 非常に、国指定ということになったということで誇らしい限りですが、地元としては。地元の小・中学校の年間の行事に組み込んで、郷土教育というようなことも含めてその辺のところの活用の仕方というものもあってもいいのかなと思うんですが、いかがでしょうか。
○教育委員会教育長(村山英哲)
 お答えいたします。
 大変大事なところだと思っております。教育課程につきましては、令和8年度につきましては今ちょうど各学校、編成中かあるいはもう編成が終わっている頃かと思いますので、各学校にこの情報は流しまして、各学校が今回の国史跡指定を受けて活用が図られるような取組をしていきたいというふうに思っております。
○10番(桂 弘一)
 観光客が例えば観光バスで来て、世之主の城跡をぱっと見て説明を聞いて帰る分にはいいですよね。小学校でも見学する分だけにはいいんですが、例えば半日をかけて小・中学校の授業の中に組み入れてするといった形になるとやっぱりトイレも必要になってくるのかなというふうに思いますが、金のかかることではありますし、簡単に答えは出てこないのかと思うんですが、スケッチ大会とかそういったのを研修会とかの中でやったらいいとかいうこともあったみたいですが、やっぱり子供たちの学校行事に組み入れるということになるとトイレが必要だというような意見もあったりしたんですが、その辺の可能性としてはいかがなんでしょうか。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 トイレの設置の要望についてのお声は幾つか聞いてございます。ただし、当然設置するに当たっては国指定されておりますので国または県と様々な協議をしながらですが、今現在としましては、以前トイレがありましたけれども今は撤去をしている状況でございます。やはり維持管理も含めまして予算がかかってくるところでございますので、今、近場にあるのが世之主の城跡のところにありますトイレ、または町民運動広場にトイレがございます。また、越山公園のほうにもトイレが整備されておりますので、レンタカーでお越しになった方々にはそういったところを案内しているところでございます。
 議員から言われておりますそういった学校活動で半日、長時間にわたって利用するときのことを今後は検討していかないといけないと思っております。
○10番(桂 弘一)
 それと、孫八の城跡なんですが、自動販売機があるところから入って、ぐるっと回っていくと北側に突き当たるところがありますよね。そこから下に下りていく道があるんですが、そこから、下から城跡を見上げるような活用の仕方ができないかなと思いまして、あそこは意外と平場みたいな感じなんですが、北側は大人の腰より上ぐらいの石垣が積んであるんですが、その反対側を見るときれいに弓なりの石垣が積まれていて、あっ守りを考えた、城も兼ねた館だなというところが見えて少し迫力があるんですが、そういった形は取れないのかなというふうに思っているんですが。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 今のご提案はありがとうございます。
 一応先ほど教育長の答弁にもありましたけれども、これから、8年度から約6年間かけまして孫八の調査が始まっていきます。その際にそういったところの伐採等々いろんなことで、やはり見せ方、そういった孫八の価値を広く周知するためには必要なことだと思っております。
○10番(桂 弘一)
 ありがとうございます。いろいろな見地から活用ができることを望んでおります。
 4番目の沖永良部島の中世遺跡群として次は城跡の調査と期待しているがということで質問をしてありますが、孫八の城跡についての話は今、教育長から聞いたところなんですが、至るところで崩落が始まっている世之主の城跡のほうが優先じゃないかなと僕は思うんです。孫八は平場で琉大の人たちがするということで、そういう話があるということであったと思うんですが、予算書を見ると測量調査委託業務になっていますよね。
 例えば、崩落したからといって、町道ののり面が崩れたからといってすぐ直すと、石組みだったやつを今度はもうコンクリート系で直すとかいうことが最新技術を使ったらすぐできるんですが、文化財というのはそうはいかないというふうに常々担当から我々現場で言われているんですが、そういったときに必要なのは正確な測量と平面図、断面図、できれば3Dの測量というのが必要になってくると思っているんですよ。
 将来的にまた優先順位は孫八の次になるかなとしても、測量だけは別にマンパワーも使わないし民間委託もできるわけですから、世之主のグスク跡は優先順位的には崩落が始まっているので孫八よりも先だというぐらいに私は思っているところだったんですが、世之主グスクの測量についてはどう考えているのか。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 お答えいたします。
 先ほどの教育長の答弁でありましたように孫八のほうから、先ほどありましたように琉球大学のほうからも申出があることと、また、与論城跡と同じ中世の琉球のグスクの北限に位置づけられるという評価もされていることから、今回、孫八という形で担当者と話をしたところでございます。
 議員から言われております世之主の城跡の石垣の崩落、これは本当に緊急的なものでございまして、今現状としましてはシートをかぶせて、今のところ大雨が降ってもそこまでの損傷はないかというふうに言われておりますが、測量につきましてはドローンを使ったり、そんなに時間はかからないものだと思っておりますが、その測量をした後の工程、そちらのほうにいろいろ時間がかかってまいります。
 今度の予算書の中であります令和8年度からの孫八城跡の調査事業としまして、令和8年に地形測量、これはドローンのレーザー計測でございます。令和9年にも同じような地形測量がありまして、そちらでデータ解析、そして図化の工程というものがございます。約2年かけて測量していくこともございまして、やはり6年ほどかかるということでございます。この中で担当と話していきますが、予算の取り方ですが、世之主の城跡の測量のほうも一部できないものなのかは協議させていただきたいと思っております。
○10番(桂 弘一)
 いろんな理由で孫八の城が優先だというふうな見解は理解できましたが、文化財とは何ぞやという問いがこの間のシンポジウムでありましたが、教育長、文化財とは何ぞや。
○教育委員会教育長(村山英哲)
 文化財とは何ぞやというご質問でございますけれども、私たちが後世に残していく大事な宝物というんでしょうか、地域の宝物だというふうに思っております。もっと長く付け加えなくてはいけないところですけれども、今ぱっと思いつくところではそういったようなところを思いついております。
○10番(桂 弘一)
 世之主の没後600年のときにもシンポジウムをあかね文化ホールでやりましたよね。そのときに仲原先生と上原靜先生、2人とも世之主グスクについてはもう国指定に上げる作業をするということを前提での発言がありました。
 仲原先生は、国指定になる前の今帰仁グスクの絵を描いてくださって、世之主グスクと非常に似ているということをおっしゃっています。そして、沖永良部の世之主グスクを見たときに、伐開されたときに石積みとかを見て、その感動は絶対忘れたくないと思いますと。我々島民に対しても、その感動は持続させてもらいたいと思いますと。これまで山になっていたものが表に見えてきましたので、具体的に世之主グスクというのが姿を現したものということは、これは大きな事業になるだろうと思っていますということで、その発掘調査、測量調査、それと学術会議か調査委員会なるものをつくって、国指定に向けてということでの作業を期待しておりました。
 また、上原先生に至りましては、文化財の価値づけということで、グスクの構造物そのものと一緒にその当時の文化とかシニグ祭とかあったりしますよね。それとか磁器とかいろんなものが出てきたり、そういった城そのものとその時代の風俗的なものも含めた肉づけをすることによって城の価値が上がってきますと。整備計画についてですが、意向調査、専門者会議、設計、それから修理、工事ということが行われます。それが今後、終盤に来ると活用していきます。観光に利用していきます。地域学習に利用していきます。こういうふうな多様な利活用があるということです。将来、これは国の指定ということで指定され、整備があると、みんなで盛り上げて保存活用されていくんではないかというふうに印象を持っておりますというふうな講演の締めの内容でした。
 それ以来10年たちますが、何のためにお二方を招聘して講演をしたのかというふうに思うところなんですよ。ずっとほっとかれたというふうな思いで見ているんですが、教育委員会の担当者のみならず、局長、教育長は新しくなられたんですけれども、教育委員会では何のために彼らを招聘してそういう講演をしてもらった中身について、その後何も手を加えないでいたのかということを非常に疑問に思っているわけですが、その辺のところの見解を局長、お聞かせください。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 お答えいたします。
 世之主の城跡の整備につきましては前からお話があったところでございます。600年祭、今からちょうど10年前になりますが、そのときにシンポジウムを開いております。その後、やはりいろんな事情もあったかと思うんですが、今回、墓のほうが国指定ということで、これまでもいろんな調査をしてきておりまして、こちらが優先的になってきたところもございます。城跡というのはやはり観光の資源ともなりますので、そちらについては様々な、階段設置だったりとか一部の調査だったりとか整備をしているところではございますが、なかなか本腰を入れての調査または整備ができていないのはちょっと私たちも申し訳ないと思っております。
 今後は、孫八の城跡をはじめ、世之主の城跡の調査は時間がかかるかと思いますが、そちらの順序立てをしながら、また、新たな学芸員を募集しながら、マンパワー不足を補いながら進めていきたいと思っております。
○10番(桂 弘一)
 ここに担当が崩落した箇所を、これはもう4年ぐらいたつんですが、ここの石積みのところが崩落したと、それで下のほうも崩落したと、入り口が崩落したというふうな印をつけてあります。その後の大雨で、一番肝心なところの正面のここがごっそり崩落しています。それと、神社の後ろ側に横穴があるんですが、その穴のところも崩落して、今トラロープで進入禁止みたいな形を取ってあります。ここも崩れています。
 私としては、この間のシンポジウムで文化財とは国民の財産であるというふうな先生のお言葉がありました。町指定の文化財ですから町民の財産であるというふうに考えているところです。
 今回の質問の中で世之主の城跡も将来的にやるんだというようなお考えを聞かせていただいたんですが、もうその考えを聞かせていただけるまでは、自分たちの所管する城跡の文化財が守れないんであれば、もう所管を外していただいて、文化財を外していただいて財産管理あるいは企画に移していただいて、観光地の整備とかそういった事業がありますよね。そういったものであれば何も現状に限りなく近い状態での修復とかいうことも必要ないんで、そっちのほうが手っ取り早いのかなというふうにも思っていたところなんですが、また台風や大雨が降ったりすると、いざ調査をしようとしたときに原形をとどめないというような形には私はもうなってはいけないと思っているんですよね。
 ここに民間の有志がイメージ図を描いてあります。今は教育委員会の城の平面図みたいなのが描かれていますが、二の郭が描かれていなくて三の郭が二の郭というような形になっています。この二の郭、これはちょっと丸っぽいんですけれども、本来はちょっとイメージが違っていて、四角っぽい城だというふうに私は認識しているんですが、ここに階段があるんですよね。そして、ここに階段があって、ここに二の郭の以前のやつが残っていまして、ここがごっそり取られているんですが、この二の郭というのは私はあまり見たことがない。上原先生に言わせると佐敷城に似ているんだというふうな言い方をしていますが、局長、この城に関しては大和造りなのか琉球造りなのかというところの結論も出ていないと思うんですが、教育委員会としてはここは何式の城だというふうに考えていらっしゃるんでしょうか。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 今ご指摘のありました世之主の城跡につきましては、後蘭孫八のほうは琉球の流れを酌んでいるということを聞いております。世之主のほうは本土のほうのそういったのも入っているんじゃないだろうかというふうに聞いておりまして、教育委員会の見解としましてはまだはっきりは言えないところでございます。
○10番(桂 弘一)
 何度も言うようですが、文化財は崩れてきた石も動かしてくれるなというぐらいに我々活用するときに言われるぐらいですけれども、崩れたときに、現在ちゃんとありがたくも残っているわけだから、何となく外郭が。今測量して平面図を描き、断面図を描き、3Dの測量をして和泊町教育委員会発行のこういった城のイメージ図ということぐらいは、本格調査にかかる前に私はできるんじゃないかなというふうに思っているんですよ。
 総務課長いわく、以前、測量ぐらいはマンパワーを使わなくても民間委託でもできますよという言葉があったんで、私はきっかり今回はそういった予算が上っているかなというふうに心得ていたんですが、教育長、教育長の力で何とか、厳しい財政事情であるんでしょうが、財務部、町長を口説いて、補正ででも調査ぐらい、測量ぐらいは今残っているときにしておかないとまずいのかなというふうに思っているんです。そういった一肌脱いでいただくというわけにはいかないんでしょうか。
○教育委員会教育長(村山英哲)
 お答えいたします。
 世之主のお墓につきましては、その調査、測量からすぐにでも始めたいというのは同じ思いでございます。何とかほかの手はないだろうかということも考えながら、町長部局、財政のほうとまた話をしていきたいというふうに思っております。
 以上でございます。
○10番(桂 弘一)
 測量と同時に、本格的な学術会議とか専門部会とかいうのはまた後の話としても、本町にはライフワークとして永良部の歴史を研究している方がいらっしゃいますよね。これは、私たちは郷土史研究会の中で2020年に先田先生が我々に配られた、公文みたいなものですから名前も出しても構わないと思うんですが、沖永良部島の中世史ということで世之主関連ですね。世之主の物語から当時の農奴制度とか、あるいはシニグのお祭りのことについてとか為朝伝説とかいうのも触れて、「おもろさうし」、今帰仁から島に来る老人たち、長老たちに、王子のために立派な城を造ってあげなさいというような「おもろさうし」にうたわれていたりとか、そういったことが書かれています。将来の本格的な調査に向けて、今のうちからその時代背景やそういったものが文化財の価値を高めるんだというような指導が上原先生からありましたけれども、そういったことも前々からお願いをして資料集めをするということも必要かなというふうに思います。
 とにかく、崩れたところは崩れっ放しに、崩落に任せるんではなくて、600年もした城跡ですから崩落するのは仕方がないにしても、崩落前の、崩落したときに現状に近い状態の復旧ができるように断面図、平面図なり、その測量だけはぜひお願いをしたいと思うところです。
 町長、ここに大きな、ここまで来るようなV字形の二の郭があったんですね。この造り、この2段になっている帯状に歩ける形の石積みの城の形というのは、私は将来的には非常に価値の高い城だというふうに思うところなんですが、町長、何とか、教育長は遠慮がちですからここで改めてお願いをしたいと思うんですが、ちゃんとした測量と、民間がこうして城跡をもってこういうふうなあれを描いてあるんですが、測量に基づいたイメージ図を描いて、町民に我々の宝物として知らしめるという活動のためには絶対測量が必要なのだというふうに思っているところなんですが、将来的に本格的にする前にその助走の段階がやっぱりあってしかるべきだと思うし、ぜひ測量に沿ったイメージ図も教育委員会で描けるような形を取っていただきたいなと、まず一歩としてですね。と思うんですが、測量の費用について町長、何とかひねり出すことはできないのかなというふうに思います。いかがでしょうか。
○町長(前 登志朗)
 ご提案ありがとうございます。私としてはぜひしたいなというふうに思いながら今お伺いをしておりました。
 今回、古墓群が国の指定になったということで、中でも一番大きなのは世之主の墓だと思っております。そして世之主の墓、世之主の城跡、この2つが関連していて、これがあるということがまた沖縄との連携につながるわけですし、今帰仁との関わりが、今まで今帰仁のほうでは全然知られていなかったのが今、向こうの今帰仁のほうの史跡の専門の先生方も、今これを通して、やはりそうだったんだという歴史的な裏づけもしてくれておりますし、ですから、もちろん町の宝としての史跡という面もありますし、また、今後和泊町が発展していく上で沖縄との連携、それが鹿児島県にある琉球なんだということの大きな裏づけにもなります。そして、もちろん観光ですとか様々な形で使えるのかなというふうに思っております。
 私は、世之主城跡は昔から何とか観光地としてならないかと思って言っておりました。それこそ、まだ土俵があって坂道も草だらけで、周りも草だらけでどこに何があるか分からない状況から、桂議員の思いで今こうして立派な形が出てきているというのも感謝しておりますし、何とかそういうのが残せればいいなという思いはありますが、私も財政と交渉しなければいけませんので、今ここで、はいとは言えないところですけれども、ぜひそういうのができたらいいなという前向きな思いでおります。
 以上でございます。
○10番(桂 弘一)
 願わくば測量とイメージ図と、それと、今また山になっていますけれども伐開をして、常時、崩れる前に今、形を残しているんですが、そういった石積みも歩きながら城跡を町民が見られるように、また国指定に向けての皆さんの活動を町民が応援できるように伐開をして、常時町民に見られるような形にも取っていただきたいなと思っているんです。
 裏側から行くと大きな木があって、そこからなだらかに下のほうに下りるようになっているんですが、五、六メートルぐらいに直で切られて、そこに恐らく抜け穴かなというふうな大きな穴があって、それは大きな石柱で穴が閉じられているんですが、そういったところも含めてこの帯の部分ですね。ここも歩けるようにはなっているんですが、この下に抜け穴みたいなのがあったりして、そこは自然となだらかになって見に行けるようになっているんで、遊歩道みたいな形でまずできる範囲内の活用もできることが、機運が盛り上がるという形にもなるのかなというふうに思っております。
 伐開というか、きれいな形に常時一の郭周辺だけでもできないものかなというふうに思うところなんですが、その辺のところはいかがなんでしょうか。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 お答えいたします。
 非常に提言としてありがとうございます。予算は当然かかってきますが、定期的なそういう業者に委託しながらの伐開というか、除草等はさせていただいております。
 ご提案あったとおり、まだ調査がなかなか進まない中であれば何ができるのか、そういったものにアイデアを出しながら、町民の方々に興味を持っていただけるような見せ方というものも考えていかないといけないと思っております。
 以上です。
○10番(桂 弘一)
 局長、最後に確認ですが、孫八が何年かかって、こっちに取りかかるのが何年後になるのか。
○教育委員会事務局長(永井 徹)
 お答えいたします。
 令和8年から地形測量が始まり、2か年、8、9です。10年が外郭の石積みの測量調査、11年が中心にありますドリーネ、窪地ですね。こちらの石積み調査の測量がございます。12年に平場の発掘調査、13年に整理作業として報告書が作成されます。なので最短で6年はかかるんじゃないかと予定しております。それから世之主の城跡に入ってまいりますので、令和14年ぐらいになるんではないかという推測でございます。
○10番(桂 弘一)
 分かりました、納得はしておりませんが。
 それは行政の事務的な手続ですから行政の教育委員会の考え方ですので尊重するとして、ぜひ、今まで申し上げたような、これ以上崩れて復元に向けての跡形もないような形にならないように、ぜひそこは少しそういうことが連続してまた、正面がもうがーっと崩れていますから、それがほかのところも崩れるというような形になってくると責任問題にもなるのかなと私は思っているところですので、ぜひできる範囲内で測量と伐開、あるいは測量に基づいたイメージ図というようなところの作成というところをお願いして、一般質問を終わりたいと思います。
 以上です。
○議長(永野利則)
 これで、桂議員の一般質問を終わります。
 以上で本日の日程は全部終了しました。
 本日はこれで散会します。お疲れさまでした。
散 会 午後 1時56分

地方自治法第123条第2項の規定により、ここに署名する。

 和泊町議会議長 永 野 利 則

 和泊町議会議員 喜 井 和 夫

 和泊町議会議員 市 来 武 次

お問い合わせ

和泊町役場議会事務局 

TEL:0997-92-2569

FAX:0997-92-3176